前編ではカミアカリの田植えレポートをさせていただいたが、後編では田植え前の田んぼの代かきについて、松下さんの並々ならぬごだわりについて少しでも垣間見ることができればと思う。
そこでやはり注目しなければならないのが、なぜ松下さんが人の倍の時間をかけてまで、田んぼの水平をとるのかということである。
水をはってしまえば、少々の水深の違いは問題ないのではないかと思ってしまう。
ところがそこには、有機栽培ならではの雑草との闘いという避けて通れない課題と、その戦いに勝利するための緻密な計算があったのだ。
その戦略とは、さまざまな検証の結果、松下さんが最後に行きついた「表層耕起」(ひょうそうこうき)という耕法だ。それは文字通り、田んぼの表面だけを浅く耕すという方法。
春、松下さんの田んぼにも雑草がいっせいに生い茂る。田植えに向けて有機肥料を入れ土を耕すわけだが、その場合、地表から15センチ程度の深さまでざっくり掘り起こすのが一般的なのに、そうはしない。地表面4~5センチだけを「ドライブハロー」という代かき専用の刃を使って軽く掘り起こしてゆく。
生い茂る雑草には、まったく性質の異なる2種類の雑草が存在する。ヒエのように光はあまり必要ではないが酸素が不可欠なものと、コナギのように酸素は要らないが光が必要なものだ。除草剤をいっさい使わず、まったく正反対の雑草をいかに抑えるか。
著書の中でこう説明している。
「フワトロ層がすべてを解決した。」
「フワトロ層は雑草の種より軽いため、種を上からおおってしまいます。光と酸素の両方を遮断するので、コナギやヒエにかぎらず、どんな雑草も発芽できない。完璧な抑草が実現できた。」 (「ロジカルな田んぼ」松永明弘 著)
なぜ地表4~5センチ程度しか掘り起こさないことで、完璧な抑草が実現できるのか。田植えが終わって水がはられた田んぼでいったい何が起きているのか。
それを理解するには、田んぼには地表近くにいる空気が好きな「好気性菌」と、地表深くにいる空気が苦手な「嫌気性菌」が存在することを知っておく必要がある。
地表に撒かれた有機肥料や藁などの有機物は、まず地表4~5センチにいる好気性菌や半好気性菌によって分解され、しだいに地中深くへ沈んでゆく。そこで待っているのが嫌気性菌だ。空気のほとんど無い地中を好む嫌気性菌が、好気性菌から受け取った有機物をさらに分解し、無機物へと徐々に生まれ変わらせてゆく。そうしてやっと稲が取り込める栄養になることができる。
つまり、地表4~5センチだけを耕すことで、このような自然の分解順序となる好気性菌と嫌気性菌の菌層を壊さないで済むことができ、それぞれの菌が元気に働いてくれるという訳だ。
松下さんの田んぼでは、好気性菌と嫌気性菌がしっかり自分たちの役割を果たすことで、地表に「フワトロ層」が生まれ、その「フワトロ層」こそが光と酸素の両方を遮断することができる完璧な土づくりを実現してくれているのである。
ここまでわかりにくい説明だったかもだったかもしれないが、これでやっと問題の答え合わせができそうだ。
「なぜ田んぼの水平をとるのか。」
その答えは、田植えの終わった田んぼ全体に、なるべく均等なフワトロ層をつくり、ムラの無い抑草効果を実現することにあった、ということになる。
今日、代かきをはじめようとトラクターを田んぼに入れた時、こんなことがあった。
少し水のたまったところに大量のカエルの卵が産み付けられていたのだ。
「また仕事を増やしてくれた!」と言いながらも、嬉しそうに何度もスコップで卵をすくってトラクターのシャベルに入れ、少し気の毒そうに近くの川に引っ越ししてもらった。
カエルも、どこの田んぼが子供たちが安全で元気に育ってくれるのか良く知っているのに驚かされる。
これから6月中ごろまで、松下さんの田植えは続いてゆく。
(おまけ)
松下さんは、全国、そして海外の様々な米を育てている。聞いて見ると、「いろんな米をこんな風に育てて楽しんでます。全部で160種類くらいかな。」とのこと。
知らない品種があると聞いたら、直接出かけて種をもらって来たり、自分の種と交換したり、まるで子供たちがカードを交換し合うように楽しそうだった。