熱海名物といえば、何を思い浮かべるだろう。
温泉、梅園、花火、貫一お宮の像、樹齢2100年大楠(おおぐす)の來宮神社、国宝「紅白梅図屏風」のMOA美術館など、名物には事欠かない熱海だが、新鮮で豊富な魚や、プリン、シュークリームといったご当地スイーツを思い浮かべる人も多いのではないだろうか。
そんな中、朝食の代表選手である 「ひもの(干物)」も、熱海に無くてはならない人気の一品となっている。
そのひもの造りを、江戸時代から150年間、ずっと造り続けてきたのが 「釜鶴ひもの店」だ。
釜鶴ひもの店の創業には、今も「郷土の義人(自分の利害を考えずに他人の苦しみを救う人)」と称えられるドラマがある。
江戸時代(安政4年1857年)網元(漁網や漁船を持ち、多くの漁師を雇って漁業をいとなむ者)だった釜鳴屋平七(かまなりやへいしち)は、重税に苦しむ漁民をなんとか救いたいと、網元の立場を顧みず自ら率先して代官所に直訴したのだが、当時直訴は大罪であり、平七はその罪を問われ、持っていた漁業権をはく奪された上、八丈島流しの刑を受けることとなる。
平七は、獄中の衰弱がたたり八丈島に流される途中、大島で命果てたが、残された漁民たちは平七の遺志を継ぎ、長い戦いの後に勝訴を勝ち取った。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%9C%E9%B3%B4%E5%B1%8B%E5%B9%B3%E4%B8%83
漁業権を失ったあと、息子(三男)鶴吉は、自ら魚加工業を始め、それが創業150年の歴史を刻むひもの屋「釜鶴」の誕生へとつながったのである。
そんな歴史のドラマを秘めた「釜鶴」で、ひもの造りの伝統継承と、新しい熱海の街づくりに取り組んでいるのが、五代目二見一輝瑠(ふたみ ひかる)さんだ。
前置きが長くなったが、今日はその二見さん直々の指導で、ひもの造りの体験ができるという事で、熱海銀座の釜鶴本店からすぐのところにある「Himono Dining かまなり」を訪ねた。
「かまなり」は、ひものを使った新メニューを味わえるレストランに、売店やひもの造りの体験コーナーが併設されているとのこと。
着いてすぐ目に飛び込んできたのは、白い壁に張り付いた真っ黒で大きなオブジェ。
ひものだ ! ! !
どことなく可愛いのは、なぜだろう。
さっそくそカメラに収めて、店に入ると、
さすが、温泉の街 熱海。 店の軒先で気軽に足湯を楽しめるのはありがたい。
カラフルに陳列された棚を横目に見ながら奥へと進む。
扉を開けると、明るくてモダンな空間が広がっている。
奥には個室があり、個室と言ってもガラス張りの明るい空間になっていて、そこで私たちを笑顔で迎えてくれたのが、釜鶴五代目二見一輝瑠(ふたみ ひかる)さんだ。
「こんにちは ! 今日はこんな魚たちをご用意しました。」
そう言われて、ケースの中をのぞくと・・・
カワハギの宝石のような瞳と可愛いおちょぼ口 !
黄金に光り輝くアジのせいご !
「定置網にかかって、刺身でも食べられる新鮮な魚たちです。」
確かに !
これをひものにするのはもったいないんじゃないのと思いつつ、行儀よく並んだ魚たちにカメラを向ける。
「うちのひものは、ほとんどが鮮魚から加工します。冷凍ものは解凍する時、どうしても栄養や旨味が流れ出てしまうんです。」
実際、量産されているひものは、多くの場合、冷凍ものが使われているらしい。
ひもの造りの手順が、わかりやすく書かれている。
⑤干す
ひものと言えば天日干しのイメージが強かったが、二見さんによると乾燥技術が進んだ今では、水分含有量を最適に調整し、気温や日照時間に左右されることなく、ハエや粉塵などからひものを守って、衛生的に仕上げることができる機械乾燥が主流とのこと。
天日干しにも、太陽と浜風がひものの旨味成分を引き出し、凝縮させる良さがあるらしいが、自然相手だと天候が一定でないため、ひものの仕上がりにばらつきが出やすく、干す場所の確保も今は難しくなっているそうだ。
さぁ、いよいよひもの造りのスタートだ !
まずはエラを外す作業から。
使うのは、よく研がれた小出刃包丁。
ここで、私が調べた豆知識を一つ。
胴体の長い魚は、腹開きより背開きのほうが、背骨に添って切れるので、きれいに開けるらしい。
頭は割らず、胴体だけ背開きする開き方は、「小田原開き」や「片袖開き」と言われ、ひものの姿を美しく見せる工夫から生まれたとのこと。
「実は尾ひれも、こんな風に開けるんです。」と、二見さん。
尾ひれまで二枚に開けるなんて、すごい技だ !
背を開いたあとは、内臓とウキブクロを外す。
腹開きは、切腹をイメージさせるので嫌がる人もいれば、内臓処理が速いので良いという人もいる。
背開きは、開いた形が良く、身の厚い部分が外側になるので、焼いたとき脂が逃げずふっくら焼けるという人や、腹開きにくらべて内臓処理に時間がかかるので、身に内臓の汚れやニオイが付きやすいと言う人もあって、賛否両論いろいろあるらしい。
カワハギは、最初に背びれと頭を落とし、皮をはぐ。
名前のとおり、スルスルと皮が剥がれ、桜色のきれいな身が姿を見せる。
ここから少しテクニックが必要だが、背開きで包丁を入れたあと、裏返してもう一度、削ぐように背中から包丁を入れ、中骨と背びれを外す。
二見さんの指導で、カマス、アジ、カワハギの開きが見事に完成 !
満足、満足 ! ! !
初めての体験がこんなに上手くいったのは、二見さんのお陰と大感謝 !
さてここからは、切り身を塩水に浸す作業へと進んでゆく。
ひものの塩分濃度とともに、乾燥時間も昔ほど完全に水分を抜いてしまわないらしい。
乾燥器や冷蔵・冷凍技術の進歩により、少し柔らかなひものを楽しめるようになったという訳だ。
塩水に浸したあと、さっと表面を水洗いし、表面のしょっぱさを落として完成 !
塩水に浸すことで、魚の表面がよりいっそう艶やかになった。
このあと、乾燥機で1時間ほど乾かすと、いよいよ、ひものの完成だ。
「Himono Dining かまなり」に隣接しているのが、和食処「海幸楽膳釜つる」。
出来立てほやほやのひものが、運ばれてきた。
自分でさばいた魚がひものになって、それを熟練の料理人に焼いてもらう、こんな贅沢な体験は、ここでしか味わえないだろう。
内山さんの手によって、絶妙のタイミングで、ひものがふっくらと焼き上がってゆく。
ついに、見事に焼き上がったひものが、テーブルに運ばれてきた。
まずはカワハギから。
肉厚の身が、いい具合に焼けている。
ああ、自分がさばいたあのカワハギが、まさに今、私に食べられようとしている !
最初は、何もつけず、そのままいっきに口に運ぶ。
ちょうどいい塩加減。ぷりぷりとした身の触感がたまらない !
鮮度の良さを、あらためて実感。
シンプルなだけに、カマス、アジ、カワハギ、それぞれの味の違いが良くわかる。
自分が、ひもの造りの名人になった気分で、瞬く間に完食 !
二見さんの言葉を思いだした。
「子供たちがひもの造りの体験をすると、魚に興味を持ってくれるようになるんです。」
「魚は骨があるから嫌いって言ってた子が、食べれるようになったり、好きになったりするんですよね。」
「いただきますは、命への感謝、ごちそうさまは、料理を作ってくれた人への感謝なんだよって、子供たちに話すんです。」
「今、君が造っているのは、自分のためじゃない。大好きな人に食べてほしいと思って造ると、もっと楽しいよ。」
ひもの造りの体験を通じて、二見さんは、たくさんの大切な事を子供たちに教えてくれているんだ。
あの「釜鳴屋平七」の心が、今も、ひもの屋「釜鶴」に受け継がれていると感じた。
Myひものを美味しく味わったあと、「海幸楽膳釜つる」を後にして、熱海駅前商店街に向かう。
平日にもかかわらず、商店街はたくさんの観光客で溢れ、活気に満ちている。
少し気になるのは、若者の多さが際立っている事だ。
観光客が増える事は、観光地にとって、もちろん嬉しい事だと思うが、インスタ映えのスイーツや流行りのお店をきっかけに、熱海の歴史や日本の食文化に興味を持つ人が増えて欲しい。
そのために、これから何が必要なんだろう。
150年続く「釜鶴」に、その答えがあるのかもしれない。
釜鶴ひもの店の軒先には、さっき自分たちが造ったのと同じ小田原開きのひものが、行儀よく並んでいる。
Myひものを受け取った二人の顔に、満足そうな笑顔がこぼれていた。